「腑に落ちたい」私たち 『カササギ殺人事件』(上・下)

 図書館で借りた本だったか、古本屋で買った本だったか。カバーの折返し部分に載ってる登場人物リストに「こいつが犯人」と落書きされてるのを見付け、ゲンナリさせられたことがある私。
 本書では、主人公がミステリを読みふけっていたところ、犯人が明かされそうになるあたりで物語が途切れており、イライラしてしまう。

 何故に私はゲンナリしたのか? 何故に主人公はイライラするのか? ミステリの何がそうさせるのか?

 上下巻の本作。
 上巻は、田舎の邸宅で起きた怪事件に名探偵が挑む、クリスティばりのミステリ。続く下巻では、そのミステリ原稿を読んでた女性編集者が、消えた結末の謎を追ってるうちに事件に巻き込まれるという、メタフィクショナルな作り。

 上巻の王道的なミステリも面白いんだけど、その「面白さ」についての考察が入ってる下巻のミステリがまた面白いのです。

 主人公≒著者によると「わたしたちの周囲には、つねに曖昧さ、どちらとも断じきれない危うさがあふれてる。真実をはっきり見きわめようと努力するうち、人生の半分はすぎていってしまうのだ。ようやくすべてが腑に落ちたと思えるのは、おそらくはもう死の床につているときだろう。そんな満ち足りた喜びを、ほとんどすべてのミステリは読者に与えてくれるのだ」。
 なるほど。私たちは「腑に落ちたい」んだなぁ♪

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