以前にも書きましたが、福祉業界ではしばしば感情労働が要求されます。
自分の感情を抑え、サービスに従事しなければならない場合が、少なからずあるのです。
職員も人間ですから、支援対象の言動にストレスを覚え、サービスの質を低下させることもあります。
それを乗り越えさせるものがプロ意識である…私はそう考えていました、かつては。
身近にある福祉作業所での事例を知った私は、やや考えを改めました。
福祉の仕事は、プロ意識だけで取り組めるものではありません。プロ意識だけで取り組んではならないとも言えそうです。
A施設に勤めるB職員。快活で行動力があり、支援スキルも高い人材です。
支援現場の主任として、強いリーダーシップで職員たちを統率。利用者さんやその家族らにはにこやかに接し、信頼を寄せられていました。
ところが、サービスに従事していない時のB職員は、態度が真逆だったのです。
利用者さんへの悪態や、障害への嘲笑、職場への不満などを、周りの職員たちに言いふらしていました。
B職員には極端な二面性があったようです。
上司のC施設長は、薄々勘付いてはいたものの、B職員の仕事ぶりに問題が見られないため、「業務でのストレスを発散したくなることは誰にでもある。利用者さんへ適切に対応できている以上、問題はない」と考え、大目に見ていたそうです。
“土台”に健全性や倫理観を
そんなある日、複数の職員からC施設長に、辞職の申し出が。「B職員と一緒に働くことはできない」が理由でした。
職員たちは大なり小なり、利用者さんや施設への愛着、福祉専門職としての理想や誇りなどを持っています。それらを踏みにじるような言葉を、主任から日常的に聞かされ、つらい思いを抱えていたそうです。
辞めたがる職員を遺留したC施設長は、A施設内で人権や虐待防止についての職員研修を行ないました。B職員をはじめ職員全員に、福祉専門職としての心構えを改めてもらう狙いでした。
しかし、B職員には効きませんでした。研修の直後にはもう、他の職員へ「現場では通用しないきれいごとでしかない」などと陰口を。
これが耳に入ったC施設長は、B職員を呼び出して直々に説諭。二面性のある態度が職場に悪影響を及ぼしていることを指摘し、改善を強く求めました。
その場では神妙にしていたというB職員ですが、この後、他の職員たちへ「誰が告げ口したのか?」などと詰め寄るなどしてトラブルに。結局、B職員を含め職員3人が相次いで退職する事態になったそうです。
規模の小さなA施設としては、活動が停滞するほどの大騒動。C施設長は「施設が平常に戻るまで苦労しました」と話していました。
かつての個人的な経験から、私は「プロフェッショナルとしての意識は、福祉支援の現場に不可欠」と考えています。
一方で、A施設の事例を知ってからは、「人間としての“土台”に健全性や倫理観が育っていなければ、そこにプロ意識が確立され、知識や技術で補強したところで、やはり危ういものでしかない」と考えるようにもなりました。
個人の価値観や信念が色濃く反映されてしまう、それが福祉支援の現場なのです。