胎児の染色体異常を高精度で調べられる、新たな出生前診断が登場しました。
妊婦の血液検査でできることから、安全性や簡便性が評価される半面、倫理的な問題も指摘されています。
私にはダウン症の弟がいるので、倫理的な問題について、“障害者の兄”という立場から個人的な意見を語ることはできます。
ですが、ここでは是非ではなく、“その先”に目を向けてみます。
私が従事している障害者福祉は、是非を超えた回答を示せるかも知れません。
障害者福祉には多くの分野があり、さまざまな人びとが関わっています。
それでも、すべてに共通するであろう“大枠”は、短期的には「障害者の支援」を行なうものであり、長期的には「障害者の暮らしやすい社会の実現」を目指すものです。
「障害自体が“不幸”と見なされない」
その先には、おそらく「障害自体が“不幸”と見なされない」との理想があるでしょう。
障害者福祉が進歩していけば、母子の“幸/不幸”を判断するうえで、出生前診断は役立たなくなるはずです。
役立たないと断言できる日がいつになるのか、実際に到来するのかは分かりません。
けれど、世界中で不断の努力が重ねられており、わずかずつでも進歩が見られます。微力ではありますが、私自身も関与しているつもりです。
安全で簡便な出生前診断は、科学技術の進歩によって実現しました。
科学が進歩する一方で、福祉も進歩していくと信じています。
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