福祉支援でのマニュアルの大切さについて、仕事がらみの会合などで、つい力説してしまうことがあります。
あえて“力説”しているのは、マニュアルを軽視していたり、あからさまに拒否するような人がいるからです。
マニュアルに否定的な人たちの意見は、おおむね「利用者を画一的に扱うものだ」「血の通わない機械的な支援になりそう」などなど。
確かに、マニュアルが活用されているコンビニエンスストアやファミリーレストランでの接客を見れば、福祉支援が画一的・機械的になるように思えても無理はなさそうです。
しかし、産業界にマニュアルが普及しているのは、高い有効性が認められているから。当然、良い面があるのです。
“行なうべきことの最低限”
福祉支援における最も大きな効用は、最低限の質を維持できること。私はそう思います。
異動や離職などで、現場の支援者が変わったとしても、これまで支援がすみやかに引き継がれ、継続される。障害のある人たちの多くは“変化”や“不規則”が苦手なので、支援がスムーズに続いていくことは重要です。
これは、流動性の高い福祉業界に身を置いていて、しばしば痛感させられることでもあります。
また、マニュアルを作製する過程で、“伝達できる支援”と“伝達できない支援”が分かるという効用も。
支援者固有の経験や能力への依存が大きすぎると、長い目で見れば、やはり支援の質が保てなくなるおそれがあります。伝達可能な要素を、支援の中に増やしていくことが求められます。
マニュアルがネガティブに捉えられがちなのは、マニュアルを“行なうべきことの全部”と受け取られたり、実際そのように運用された事例が多いからでしょう。
しかし、マニュアルとは“行なうべきことの最低限”に他なりません。
支援においては、あくまでも最低限であり、そこに支援者個々の思いや努力などが積み上げられていくのです。
残念ながら、支援者のマニュアルはあっても、管理者(施設長)のマニュアルはありません。“最低限”の仕事ができているのかどうか、自分に問いかける日々です。
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