施設長の学び!考え・気付き

親は半生、きょうだいは一生…

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兄弟:親は半生、きょうだいは一生…

 障害児・者の家族らで組織する某団体の、全国大会に参加しました。
 思いがけず、大会で行われるシンポジウムに登壇することになったのです。

 シンポジウムのテーマは「活力ある育成のために」。
 ダウン症の弟がいる私は、当事者の“きょうだい”(兄弟姉妹)という立場から、“親亡き後”の課題などについて意見を述べさせていただきました。

 コーディネーターを務めたのは、主催団体の会長さんでした。シンポジウムの冒頭、テーマや登壇者について紹介されたのですが。
 その中で、強く印象に残った言葉がありました。

 「親は半生、きょうだいは一生」

 この言葉は、親御さんたちの“内輪”で、しばしば口にされている模様。私は初めて耳にしました。
 どのような家族にもあてはまる言葉ではあるものの。障害当事者の家族を指しているように受け取れてしまいます。

 親の死後も、障害のある当事者の人生は続く。それに付き合っていくのはきょうだいである…。
 シビアな現実を突き付けられた気がしました。

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“特別な言葉”にしない社会を

 私の意思は決まっていて「弟には弟の人生があり、私には私の人生がある。弟には弟なりの幸せを追求してほしい」。こちらに何度か書いてきたことです。
 幸いなことにシンポジウムでは、コーディネーター役の会長さんも、他のシンポジストの方がたも、おおむね私の考えに同調して下さいました。

 “親亡き後”の当事者を、きょうだいに託したい…そう望む親御さんは少なくないでしょう。切実な心情は分かります。
 ですが、当事者の人生を背負い込み、きょうだいが疲弊して不幸になるようではいけません。身内で不幸を遣り取りするようなものですから。

 障害当事者の家族たちの“特別な言葉”にしない、そのような社会を目指したいものです。

Photo:兄弟 / nubobo

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