雑記あれこれ

『純粋理性批判』読解記(その8)スキマ時間に読む

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 読み始めのころよりもペースは落ちましたが、読解は続いています。

 1週間で1~5節ほどでしょうか。
 かなりのスローペースではありますが、これが数カ月ほど続いているので、もう低下することはなさそう。読解のペースが定着してきたとも言えそうです。

 仕事場のデスクの隅に、私は『純粋理性批判』とノートを常備しています。
 そして、仕事が空いたスキマ時間に、本とノートをこっそり取り出し、読める分だけ読むのです。

 読書ノートを見返すと、前回に読み取ったことが、その時の“気分”などと一緒によみがえります。
 おかげで、何日もブランクが生じてしまった場合でも、読書をシームレスに続けることができています。

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使わない“筋肉”を動かす気分

 仕事から私生活まで、さまざまな雑事に囲まれ、日々追い回されるばかりの私ですが。
 『純粋理性批判』を読んでいる時は、あらゆる雑事から離れ、無縁でいることができます。

 空間や時間とは何なのか? 私たちにどう関わっているのか?
 …このようなことを、『純粋理性批判』は真摯に問いかけてきます。読み進めるためには、こちらも空間や時間について考えなければなりません。
 空間や時間に身を置き、当たり前に暮らしている私なのに。空間や時間について、突き詰めて考えることなどなかったと気付かされます。
 日常生活で使っていない“筋肉”を動かした時のような…何とも奇妙な、それでいて新鮮な気分です。

 読解は遅々として進まないけれど。
 私の生活の中に、しっかりと根付いてくれたようです。 

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天竺堂通信
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