価値を問う“声”に対して | 施設長の学び!

価値を問う“声”に対して

価値を問う“声”に対して
 福祉に関わる仕事に就いていると、“心ない声”を耳にすることがあります。
 例えば、重い障害のある人たちの価値について、社会的な有用性から、「ない」あるいは「低い」と決め付ける“声”。

 直感的に「違う」「間違いだ」とは思っていた私ですが、さらに「どこが違うのか」「何が間違いなのか」まで把握しておかなければならないと考えるようになりました。“声”に対処できる姿勢を身に付けたかったからです。


 ナチスの強制収容所を生き延びた体験記『夜と霧』で知られる、精神科医のヴィクトール・E・フランクル。
 この人の講演集『それでも人生にイエスと言う 』に、私たち人間の価値について述べている箇所があります。

 フランクルは「社会の役に立つということは、人間存在を測ることができる唯一のものさしでは絶対にない」として、窓際に座って居眠りをしているおばあさんの例を挙げています。
 このおばあさんは、有益とは言えない非生産的な存在です。一方、おばあさんを愛している子や孫たちにとっては、かけがえのない存在でもあります。

 私たち人間の価値は、社会の役に立つ「生産的・能動的な価値」と、誰かに愛される「受動的・非生産的な価値」の、2種類に大別されるそうです。
 けれども、「他の何者にも代えられない」という意味では、どちらも同じなのです。

 フランクルの言説は、「私たちは他者の価値を高めることができる」とも受け取れます。受動的な価値には、働きかけができる訳ですから。

 受動的な価値を高めていく、能動的な行為、それが“支援”なのでは…と私は思うようになりました。

photo credit: Fabio Trifoni via photo pin cc